超高層ビルの一室で行われている会議に臨む私は、いつもと違う緊張感を味わっていた。なぜならその日は、私が担当している業務で発生した問題について協議する予定になっていたからである。

 その問題というのは、相手側の担当者が契約とは違う内容の業務を強制してきて、しかもそれは私たちのプライドを大きく傷つけるものであった。そして直接受けた私は、強い憤りを感じていたのである。会議のメンバーには、事前にメールで大まかな内容を伝えているが、はたして私の怒りを皆に理解してもらえるか不安だった。
 そんなに怒ることでもないだろうと笑われるだろうか・・・。それとも、もう少し冷静になれと叱られるだろうか・・・。和やかな雰囲気で会議が進むなか、私はいろいろな思いを巡らせていた。
 そして、ついにその議題になり、N事務局長から、「次は○○の問題ついて、iさんから説明をお願いします。」 と紹介があった。
 その瞬間、室内の空気が一変した。先ほどまでの和やかな表情は、皆の顔から完全に消え去っていた・・・。
 私は戸惑いながらも説明を始めたのだが、私を凝視する皆の視線には確かに強い怒気が含まれている。その刺すような視線に、私は戦慄を覚えた。

 「みんな、めっちゃ怒ってるやん・・・。」
 
 そして、説明が進むほど、その表情はますます険悪になっていった・・・。

 いつも鋭い意見で相手を撃沈するのを得意とし、さまざまな場所で暴れ回っているM氏は、今にも殴りかかってきそうな形相で、私を睨み付けていた。
 社会的に重要な地位にいて激務をこなし、大物政治家ともわたりあった経験を持つO氏は、「責任ある立場の人間として、相手の対応は許せない。」 と、圧倒的なオーラを発散させながら憤慨していた。
 大事な場面では、常に中心的役割を担い皆を導いてくれるK氏は、「この問題は、われわれのトップが出向いて行って、経緯をきっちり説明して解決したほうがいい。」 と、冷静な意見を述べていたが、怒りによる肩の震えは隠しきれないようだ。

 そして、常に温和な雰囲気を醸し出している長身のS理事長が、言った。

 「私が行って、話してくるよ・・・。」

 その顔は、いつものように微笑をたたえていたが、心なしか遠くを見据えた瞳に、異様な光が宿っていたのを、私は見逃さなかった。

 協議の結果、今までお世話になった方々に迷惑を掛けたくないという事と、この事業の立ち上げに関わった方々の熱い想いを傷つけたくないという事で、大人な対応をする事となり、N事務局長とS理事長がうまく話をまとめてくれた。
 今回の件で、会議のメンバーが強い熱意と責任感を持って活動に取り組んでいるのを痛切に感じる事ができた。皆、全力でこの会を運営しているのである。
 目を閉じれば、今でもくっきりとあの会議室の光景が目に浮かぶ。恐ろしい形相で私を睨み付ける皆の顔が・・・。

 そして、密かに思う。

 「この人たちを、決して敵に回してはならない・・・。」

 (i)