北摂・池田には「池田・愛宕火の祭礼」で「がんがら火祭り」と称する奇祭があります。 毎年8月24日、池田の夜空を焦がす「愛宕火」の行事は、五月山(最高峰315m)の山腹220m付近に鎮座する愛宕神社を中心にして行われる火祭りで、正保元年(1644年)以来、360余年の長きに亘って連綿と続けられてきました。 火祭りの運営は、市内の城山町と建石町の町会が、別々の火祭り行事を行っています。 城山町は、愛宕神社から神火を拝受し、五月山の西側山腹にある神社鳥居下(標高200m付近)に「大一」の火文字を灯します。 次に、神火を山麓に下して全長4mの大松明2本に神火を移します。 火の粉を散らしながら若者達が大松明を「人の字」に組みながら、街を練り歩きます。 この時、八丁鉦をガンガラ・ガンガラと鳴らしながら大松明を引き摺って進むので、別名「がんがら火」と呼ばれています。 午後7時30分頃、山麓を出発して街中を練り歩いた大松明は、午後10時頃、城山町に帰ってきて、「がんがら火祭り」は終了します。 建石町は、五月山の東側山腹、大明ヶ原(標高250m付近)に愛宕神社の神火で「大」の火文字を灯します。 午後5時頃、建石町の「星の宮」に集合した子供会の子供達70~80人が揃いの法被に豆絞りの鉢巻き姿で、手に手に青竹のタイマツを持って五月山の山麓まで行き、代表者の子供達が大人に連れられて山を登って大文字の神火を貰い受けに行きます。 下山して山麓で待っている大勢の子供達の青竹タイマツに神火を移して、火行列は8時過ぎに星の宮に帰ってきます。 その後、青竹タイマツは星の宮の広場で焚かれ、火行列は終了します。 写真は、昨年のポスターです。 右下に「大文字」と「大一文字」の火文字が見えます。 また、「がんがら火」を担いでいる若者達も見えます。 大工の衣装を身に着けていますので、火祭りの翌日は皮膚科の医院に押し寄せると聞きますが、今年は翌日が日曜日なのでどうなるのでしょうか。 お可哀想に。