八合目にて

八合目にて

 

 富士山がブームです。
 昨年、同じ職場の女性職員も登ってきたというのです。見ただけでは山に登りそうにない華奢なシティガールに見えるけれど、それでもちゃんと富士登山してきたのです。(失礼)
それぐらいブームなんですね。
 今でも大ブームなのに世界遺産なんかに登録されたらえらいことになってしまう、そう思って今年、還暦記念に登ることに決めました。
といっても私一人ではなんなので高校からの友人を誘いました。「最近は山に行っていないから体力がなぁ」というのをなんとか同意させました。
私も2千メートルを超える山は長い間ご無沙汰だし、最近は腰の具合が良くなくて整骨院通いをしているので、はっきり言って体力には自信がありません。
そこで出来るだけハイテク技術を活用することにしました。
 先ずは膝や腰のサポートです。スポーツ用品専門メーカーMの店舗に行くと膝のサポーターよりもサポートタイツを勧めてくれました。これは登山に限らず、あらゆるスポーツに有効で、関節のブレを防ぐだけでなく、筋肉の機能をサポートしてくれる優れものです。他にも下着で有名なメーカーのWやその他からいろいろなものが出ています。
 次はストックです。これまでもT型のものを使っている人はよく見かけました。私はI型を1本使っていました。しかし、今回は検討を重ねた結果、I型のストックを2本使うことにしました。
還暦記念に富士山に登ると言うと、いろんな人が助言をくれました。
「3000メートルを超えるので酸素が必要だよ。バテていた同行者が『食べる酸素』を舐めていたら元気になったよ。」 食べる酸素? ショップに行くとちゃんとタブレット型の食べる酸素なる物が売られていました。念のため携帯酸素スプレー缶と一緒に購入して持っていきました。
「アミノ酸を摂ったら、筋肉痛が軽減されたよ。」アミノ酸? 言われたとおり薬局でアミノ酸を含む粉末を購入し、持参したペットボトルの水に溶かして飲むことにしました。
そのほかには、今までは綿パンか短パンで登っていたので登山用のズボンを初めて購入しました。準備に経費が掛かりましたが、これは樹木医研修時にも有効そうです。
ゴアテックス使用の軽登山靴、ゴアテックスの雨具はもっていましたが、ご来光を見るためには夜中に登るのでヘッドライトが必要です。これは前述の女性職員から譲ってもらいました。これだけそろえば、1回の富士登山は何とかなりそうです。

 登山はツアーを利用しました。往復バス利用で、ガイドが連れて登ってくれます。下山後の温泉付きです。
 8月29日の夜、関西を出て、朝、スバルラインの5合目に到着しました。しばらく休憩して早い昼食を食べ、出発します。この日は朝から雲一つ無い快晴でした。気持ちの良い空気の中、景色を楽しみながらゆっくりゆっくり登り、夕方、本8合目に到着しました。このころには少しガスも出始めていました。夕食は定番のカレーライスをいただきます。今年からハンバーグが付いたとのことで、何か得した気分です。ここで、頂上へ向けて出発する夜中の1時頃まで仮眠をとることになります。
 ところが起きる頃になると激しい雨が降り出していました。さらに濃霧で5メートル先が見えません。近づいている台風12号の影響が出ているのでしょうか。起床し準備を終えた一行にガイドは申し負けなさそうに言いました。「この天候ではみなさんを安全に頂上にお連れすることは難しいです。」それでも諦めきれずに登りたい人はいましたが、全員諦めざるを得ませんでした。小学生から高齢者まで混じったチーム(チームブルーリボンと名付けていました)では、ヘッドライトを点灯してもガスに遮られて真っ白にしか見えないような濃霧と豪雨の中を、夜間登山出来る状態ではなかったようです。
諦めて4時半ごろまで眠り、5時に下山を開始しました。しかしその時、奇跡的な出来事が起こりました。日出時刻の午前5時9分、突然ガスが薄くなり、東の空にオレンジの光が射しました。そしてますます晴れていく霧の彼方に金色の太陽が昇ってきたのです。歓声が上がりました。頂上まで行けなかった我々に、富士山がご来光のプレゼントをくれたのでしょう。念願の登頂は叶わなかったけれど、全員が満足して下山できたのでした。
 さてハイテク装備の評価です。長い下山道を下り切った時にも膝は笑っていませんでした。やはりサポートタイツが膝のブレを押え、下半身を安定させる効果は、2本のストックの効果とあいまって、肉体的な疲労を大幅に軽減させてくれたようです。2本のストックを使ったのは大正解だと思います。さらにアミノ酸の効果もあってか、翌日、さらにその後も筋肉痛がほとんど出ませんでした。
 結局、携帯酸素スプレー缶は使いませんでしたが、「食べる酸素」の方は、少しバテかけていた人にさし上げたら、何事もなかったかのような顔して8合目の山小屋にたどり着いておられたことを報告しておきます。
でも、頂上に立てなかったのはやはり悔しいです。リベンジ、どうしようか思案中です。(大槻 憲章)