私はN造園で働いている。
 一緒に働いている親方は、とてもおおらかな性格で優しい人だ。そして、彼はとても身体が丈夫である。健康診断を受けても、何一つ悪いところが無い。我々のような職業は身体が資本なので、とてもありがたいことである。が、唯一悪いところを挙げるとすれば、少し耳が遠いことだろうか・・・。
 我々が木に登って剪定作業をしていると、通りがかりの人によく話しかけられる。その日も親方と二人、樹上で作業をしていると、お年寄りが親方に話しかけてきた。
「・・・・・ですなぁ。はっはっはっ!」
笑顔で話しかけたお年寄りに向かって親方は、
「そうですなぁ。ふぉっふぉっふぉっ!」と、同じように笑って答えたかと思うと、そのまま笑いながら私のほうを向いて、こう言った。
「ふぉっふぉっふぉっ!あの人、なんて言うてはんの?」
 私は思わず、「聞こえてないんかい!」と突っ込みそうになったが、まあ、聞こえなくても笑顔でごまかすということは私にも経験がある。しかし不思議なのは、なぜ、そんなに大笑いしているか?ということだ。ごまかすにしても、せいぜい愛想笑い程度だろう。私は話が聞こえていないのに、あんなには笑うことはできない。
 結局、私が話を引き継いだのだが、親方は内容を理解すると、話を横取りして一人でしゃべっていた。
 しかし、まれによく聞こえるときもあるのだ。
 お得意さまで、大きなシェパードを飼っている人がいるのだが、その人は、犬の散歩をプロのトップブリーダーに依頼している。毎日ブリーダーがやってきて、元気に「いってきま~す!」と言って犬を散歩に連れて行き、「ただいま~!」と帰ってくるのだが、広い庭なので奥のほうで仕事をしていると、その声も聞こえない。
 しかし親方はどこにいても、ブリーダーの「ただいま~!」という声には必ず「おうっ!」 と返事をしている。お客様に間近で話しかけられても聞こえないときがあるのに、なぜブリーダーの声は必ず聞こえるのだろうか?たとえ聞こえたとしても、犬の散歩から帰った声に、あれほど律儀に「おうっ!」と答える必要はないと思うのだが・・・。
 そんな親方だが、お客様にはとてもご愛顧いただいている。おおらかな性格と、とてもひとなつっこいところが気に入られているようだ。
 そんなわけで、N造園の現場は、いつも和やかな雰囲気に包まれている。
                                             (i)

 

お得意様の犬

お得意様の犬

 

犬小屋の裏窓から顔を出す犬

犬小屋の裏窓から顔を出す犬