「暑い・・・。」
台湾桃園国際空港の建物から出た途端、今まで経験したことのない湿気に襲われた。亜熱帯の空気は、容赦なく全身の肌にまとわりついてくる。
「きつい仕事になりそうやな・・・。」
有名資材メーカーT社にお勤めのK樹木医からの依頼で、台北中心部に位置する「大安森林公園」の剪定実習をするために、私は初めて台湾を訪れた。マニアックな性格で有名なS樹木医も一緒である。
ベテラン樹木医のK氏はあらゆる場面で重要な役割をこなし、いつも我々を導いてくれる、とても頼りがいがある人だ。人や物事を冷静に観察する鋭い眼力を持ち、常に適切な判断を下す。そんな彼の生き様は、とてもかっこいい。現在の風貌からは想像できないが、昔はハードロックでブイブイいわしていたらしい。彼がロックを歌うと、観客は全員ヘッドバンキングしてしまうほど歌唱力抜群だそうだ。
今回通訳として、K氏と同様T社にお勤めのN氏が同行してくれている。N氏は中国語と韓国語が話せるスーパーウーマンだ。いつも明るく朗らかで、とてもチャーミングな女性である。
初日は、作業現場となる大安森林公園を見学しながら、明日からの作業の打合せを行った。この公園は土壌が非常に悪いそうで、不健全な樹木が多く見られる。また、密植のせいで細長い樹形のものも多く、台湾の強烈な台風による被害も多数出ているらしい。広大な面積で、いろんな動物も生息しており、町の人々が多数集まる憩いの場なので、ぜひ、環境が改善できればいいと願うところである。
台湾は暑いだけでなく、よく雨が降る。また、降り出したらその雨量は半端ではない。したがって、晴れていれば汗でビチョビチョ、雨が降ってもビチョビチョで、作業後いつもホテルに帰る姿はドロドロであった。作業着が1着、使用不能になってしまった・・・。
食事は、連夜ごちそうをいただいた。初日の晩から、いきなりあこがれの「小龍包」である。さすがは本場の味だ。メッチャ美味い!次の日からも毎晩ごちそうが続き、どれを食べても抜群の味で、飽きることはない。強いて言うなら、おいしいものに飽きたという感じだろうか・・・。
2日目の夕食後、S氏が大変丁寧な口調で訴えかけてきた。
「娘の運勢を占っていただきたいですぅ~。」
そこで、私たちは一緒に、占い師の集まる地下街を訪れた。どこにでもいそうな、ごく普通の感じの女性占い師を選んだS氏は、彼女に何か言われるたびに、
「はぁ~、そうでございますかぁ~。」と大変丁寧な口調で返事をしながら、とても真剣に聞き入っていた。娘想いの、やさしい父親の姿である。しかし、後ろから観察していると、その様子は、まるで誰かに叱られているかのようだった。ちなみにS氏は、その代金として約7千円支払っていた。
「う~ん、マニアックや・・・!」
3日目の晩、K氏とS氏と私の3人で台湾の名所である士林夜市へ出かけた。屋台が立ち並び、毎夜お祭りのような活気に包まれる。夜が更けるほど人が集まってきて、すごい賑わいだ。様々なB級グルメや雑貨など、いろいろな店を見ていく中、あるお菓子屋でK氏が店のおばちゃんに話しかけられていた。するとK氏は、何やら中国語で話し始めた。
「リャンバイチー?ウウ~ン!リャンバイウー!クワッハッハッハッ!」
どうやら、値切り交渉をしているらしい。彼は、日本語でも中国語でも非常に声が大きい。その堂々と話す姿は、まるで現地人のようだ・・・。と思っていたら、通訳のN氏の話によると、K氏は中国語の発音が恐ろしく下手だそうだ。ところが、あれほど大声で自信満々に話していると、ネイティブ中国語に聞こえてしまう。K氏、恐るべし・・・。
実は、今回私はもう1つの任務を負わされていた。妻からお土産のリストを渡され、それをクリアせよと指令を受けていたのである。我が家では、妻の指令は絶対である。しかし、その内容は10種類以上にもおよび、それぞれの販売店の指定までされてある。見知らぬ国に来て、これほどの店を探し当てろとは、全く無茶な任務だ。まさに「ミッション・インポッシブル」である。これを受け取った時、私は思わず妻に向って叫んでいた。
「仕事やっ!」
しかし、妻はそんな私の叫びを全く意に介さず、こう言った。
「ひゃっははは~!がんばってね~。」
このリストを現地で皆さんにお見せしたら、「これはすごい!」と大騒ぎになってしまった。どういう意味ですごいのかよくわからないが、とにかくみんな感心している。そして、台湾の人達はその場で店の住所をすべて調べてくれた。なんて親切な人たちだ! 私は、猛烈に感動した。おかげで、かなり任務が楽になった。
土日は公園での作業ができないため、休日となった。そこで、私とK氏、S氏の3人で観光に出かけようという事になったのだが、お二人が「iさんの任務達成が先だ!」と、強く主張してくれたので、「私のお土産探しとその近辺の観光」という事になった。しかし、その任務は非常に困難を極め、恐ろしいほどの湿度の中、樹木医3人がかりで全身汗だくになりながらお土産を探し回った。この日だけでも、人件費165,000円かかっている計算になる。しかし、おかげさまで任務は100%達成することが出来たのである。お二人には、本当に申し訳なかったと同時に、とても感謝している。
帰国して、妻にお土産を見せると、「ほんまに全部買うてきたん!?」と、とても驚いていた。
私は、「リストまで作っといて、何を言うとんねん・・・!」と心の中でつぶやきながら、皆さんの協力のおかげだと説明すると、
「え~!めっちゃ申し訳ない・・・。」
と、さすがに、恐縮しまくっていた。
しかし、しばらくすると持ち前の切り替えの速さを発揮して、
「なんで石鹸は1個しか買うてないん?」とか、
「現地のマンゴ-食べたい!」
などと、ふざけた事を言い始めた。そんな妻に向って、私は再び叫んでいた。
「仕事やっ・・・!」
(i)