「何や、これは・・・?」
私は、その袋の中を見て、驚愕した。それは、私の今までの概念を覆すには十分だった。彼が言ったことは、本当だったのだ・・・。
それは、半年ほど前の話である。いつもお世話になっているお得意さまから、「ザボン」の移植の依頼を受けた。「ザボン」 は別名「ブンタン」とも言われ、ミカンの仲間で、大きな果実をつける樹木である。図鑑を見ると、「果実は柑橘類の中で最大」と書かれている。
この「ザボン」が現在植わっている別荘地を更地にしてしまうので、自宅に持ち帰りたいというお得意さまの依頼だが、一般的に柑橘系の樹木は、根が荒くて移植が困難なので、お得意さまにその旨を伝えた。しかし、何やら特別な想い入れがあるそうで、どうしても移植して根付かせてほしいと懇願された。私は悩んだ末、M氏に助けを求めることにした。
M氏は、我が会の中でも屈指の実力者で、樹木についての知識と経験は群を抜いている。低音のシブい声の持ち主で、とても温厚な雰囲気をかもし出す紳士である。その姿からは想像しがたいが、彼は空手の達人であり、若い頃は「かかと落とし」が得意技だったそうだ。そんなM氏を、私は心から尊敬している。
早速、M氏に現場に足を運んでもらい、移植の相談をしていたときのことである。
「ザボンって柑橘系の中で、一番大きい実がなるんですよね?」
私がM氏に語りかけると、意外な答えが返ってきた。
「 いや、もっとデカいのがあるよ。」
私は困惑した。図鑑にも載っていないデカいミカンが、本当にあるのだろうか。半信半疑のまま数日が過ぎ、2回目の打合せのためにM氏の自宅に迎えに行くと、M氏はバレーボールほどの大きさの丸い物体が入ったスーパーの袋を片手に提げて、ニコニコしながら玄関から出てきた。
「これあげるよ。」
いたずらを仕掛けた子供のような笑みを浮かべながら、M氏が差し出した袋を受け取った私は、中身を見て驚愕した。
「何や、これは・・・?」
それは、「めちゃくちゃデカいミカン」だった。色、形は「ハッサク」や「グレープフルーツ」 と似ているが、とにかくデカい。M氏が言ったことは、本当だったのだ・・・。
その名は「ばんぺいゆ」。漢字で「晩白柚」と書く。唯一、熊本県の八代で生産されていて、迫力のある外見とはうらはらに、上品で爽やかな味わいがあるらしい。1ヶ月ほど部屋に飾って、香りや大きさ、色・形などを鑑賞した後に食べるのが、ちょうどいいそうだ。
私は、説明書のとおりに、部屋に飾ることにしたが、思った以上にいい香りが漂い、見た目のインパクトと相まって、我々を楽しませてくれた。
そして、1ヶ月が過ぎ、とうとう「ばんぺいゆ」を味わうこととなった。デカいので、皮を剥くのにも包丁がいる。皮がやたらと分厚いのだ。ちゃんと実があるのかと心配したが、最初がデカいので、剥いた後でも十分にデカかった。1房薄皮を剥いて、かじりついた。
「ウ、ウマっ!!」
思った以上の味だった。甘味と酸味のバランスが絶妙で、果汁もたっぷりだ。私は、ミカンの味にはうるさい方だが、これならば合格である。喜んでパクついていたが、半分も食べないうちに、腹がいっぱいになってしまった。
分厚い皮も、砂糖漬けなどにして食べられるそうで、実も皮もおいしく味わうことができて、香りも長期間楽しめる。そして、何より、見た目のインパクトは抜群である。これを持ち込んだ場所には、笑い声があふれ、その空間に、幸せをもたらしてくれる・・・。
「ばんぺいゆ」は、そんな果実である。
皆さんも、ぜひ、ご賞味あれ。
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